まきちゃん

まきちゃんは高校2年生。        眼鏡をかけていて、長い黒髪をいつも飾り気のないゴムで下のほうに1つ縛りしている。ご飯を食べる時と寝る時以外は病棟から出て携帯でゲームをしている。

まきちゃんはお父さんと2人暮らし。お母さんは亡くなっている。          

年頃の女子高生とお父さん。お父さんは精神科に通院している。まきちゃんは普通の女子高生でちょっとあわてんぼうな所と朝起きれない所があるくらいで、高校1年生の時の成績も良く、お洒落やメイクより読書やゲームが好きな女の子。

まきちゃんはお母さんが亡くなってから朝起きれずに学校を休みがちになってしまい、単位が危なくなってきた。お父さんとの仲もうまくいっておらず、全く言う事をきかないらしい。女子高生なんてそんなもんだと思うが、お父さんとの距離をとって学校に通うために入院してきた。お父さん自体の精神安定のためでもあった。

まきちゃんは病棟でも何の問題もなく、職員にも笑顔で対応してくれたし、必要以外はまきちゃんから話しかけてくることはなく、ほとんど空いた時間は病棟から出て、売店の椅子の隅に座り深く下をむいて携帯の音ゲーに熱中しているようだった。

後から考えたらすごく自分本位なのだが、まきちゃんが抱える悲しみや不安を表出して欲しかった。たった1人のお母さんを亡くして頼りないお父さんと家に残されて、家事もしなくちゃいけなくなって、急激に変化した日常。現実逃避したくなるよ、そりゃ。

それとなく機会を見て話かけてみたけど、まきちゃんはいつも笑顔で、職員に馴れ馴れしくなることも、甘えることもなく、わがままを言うこともなく、別に何事もないかのようだった。

少し慣れてきた頃、家族のことを聞いてみたら、家族3人で京都を旅行して景色がきれいだったと笑顔で話してくれた。

別の日にお家で生活してて困ることはない?と聞いてみたら、ごみ捨てとか、排水溝の汚れを片付けたりしてると なんで私がやらなくちゃいけないんだろうって思うと下を向きながら早口で話してくれた。顔は笑っていた。

少しずつお節介ながらまきちゃんとの距離を縮めたかったけど、3ヶ月たっても高校へはあまり行かず、長期の自宅外泊を繰り返し、病棟では病棟外に出てゲームをしているまきちゃんだった。

 

ある日まきちゃんが病棟外で散歩やゲームをしてお昼まえに病棟に帰ってきたとき、ととと…と私に近づき          「寒かったぁ!ほら」とまきちゃんから私の手を繋いできてくれた。氷みたいな冷たい手が私に触れたあと、驚きの次にじんわり広がる暖かい感動が私のなかに広がった。「ほんとだ」と言う私に、ニッコリしてまきちゃんは小走りで自室に戻っていった。

私は余韻に浸っていた。相手に触れることのハードルをまきちゃんから飛び越えてきたことが嬉しくて嬉しくて。

入院し始めは、看護師として母を亡くした悲しみに少しでも寄り添えたらと力になれたらと思ったけど、そんなの高慢だった。

まきちゃんは入院している必要性が少ないためその後すぐに退院していった。

まきちゃんはゲームが大好きで、朝が苦手な普通の女子高生だった。