きみちゃんと桜

きみちゃんはどう見ても可愛くない顔を鏡に映して、両人差指を頬の真ん中に指し「きゃわいいっ!」と斜め角度45度でポーズを決める。鼻の横にでっかいホクロがあって、よく職員に「きみこ、でっかい鼻くそがついてんぞ」とイジられ「あら、やだ〜」と笑っていた。オヤツに家族から差し入れされたスルメイカを一度に頬張りイカが口からビヨビヨとびでて化け物みたいになっていた。

そんな可愛いきみちゃんは、私のことを「よっ!絶世の美女!!」と褒めてくれる。きみちゃんが言うには、いままで会った看護婦さんのなかで2番目に可愛いらしい。2番かよ、、

1番は別の病院の看護師さんらしい。「あの人は、まぁずきれいだよぉ」とため息を漏らすように話していた。自分の顔を大絶賛のきみちゃんに褒められて、見る目があるのかないのか分からないが、私は嬉しかった。

だけど申し送り中みんなが真剣に夜勤者の話を聞いてるのに、ガラス窓のむこうからきみちゃんが両手を口の横にあてて、威勢よく「よっ!絶世の美女っ!」とニコニコしながら呼びかけてくるのは、勘弁してほしかった。

私は月1できみちゃんのスリーサイズを測る業務があった。「看護婦さん、はかって」と車椅子をノロノロ押してきみちゃんがナースステーションにやってくる。本人たっての希望で図っている。他の職員が面倒臭がるので、わたしの仕事になってしまった。ナースステーションでカーテンをしめると、おもむろにシャツをたくしあげ、立派なおっぱいを出す。むかしは巨乳だったんだろう。今はびょーんと伸びた餅だ。きみちゃんが自分のおっぱいを持ち上げてくれるので、いわゆるアンダーサイズをメジャーをぐるっと回し測る。胸が垂れすぎてバストトップは測れない。アンダー「100…」次はウエスト、こちらも随分肉が出てる。「100…」

「そんな訳ないでしょー!」ときみちゃん。正確な数字を言うと納得しなくて計測が終わらない。ウエストは誤魔化していつも大体サバをよむ。 80位にしておく。

最後にヒップ。こんどは頼んでもないのにおしりを半分くらい出してくれる。

で結局「100」 うえから全部スリーサイズは100!測り終えるときみちゃんは納得して「看護婦さん、ありがとう」と言ってナースステーションから出ていくのだ。

ある月のお決まりのスリーサイズ測定の時、きみちゃんが「前から、こんなんがあるんだけど」と右胸を触りながら言ってきた。触ると、そこには握りこぶしより少し小さい石のように硬いものが、触れるどころかしっかり掴めた。

看護師たちが代わる代わるに触り、みんな思い当るものは同じだが、きみちゃんになにも言えなかった。

検査の結果は乳癌でステージ3。きみちゃんは元々統合失調症で、現状を伝えることで、精神状態が悪化したり騒いだりされても迷惑をかけてしまうというご家族の希望で本人には告知せず、年齢的な面からも転院はせず、慣れた病院で最後まで見て欲しいとのことだった。

何も知らないきみちゃんは、右胸の塊を「これは、筋肉なんだよー」と真剣に語っていた。でも、外診にいく事が増えたり体調が悪くなってくると、薄々本人も不穏な空気を感じ外診先の病院待合で「なんで分かってくれないんだよぉ!私は治したいんだよぉ!」「ねぇちゃんとは縁を切るよ!」と家族に怒鳴り、泣いていた。お姉さんも涙ぐみながらも、「大丈夫、治るから!」と明るい声を出していた。

きみちゃんのおっぱいはみるみる悪化し乳首は花が咲いたようになり、皮膚がグチュグチュして浸出液がいっぱい染み出るようになった。何枚も分厚くてガーゼを重ねテープでとめるが滲み出てくる。

食欲も落ち、あんなに食べることに執着していたのに、食事も少量しか口に出来なくてなってしまった。果物ジュースやヤクルトなど本人が口にしたいものを家族が差し入れてくれた。

ちょうどその頃桜が満開の季節だった。その日は天気も良く、きみちゃんの体調も良さそうだったので私は師長の許可をもらい、きみちゃんを院内のお花見に誘った。正直、来年は見れないだろうと思っていた。きみちゃんの車椅子を押して病棟の外に出る。桜をしばらく2人で見て病棟に戻る帰り道、車椅子を押している私に、きみちゃんが言った。

「看護婦さん、全部わかってるからなぁ。大丈夫だからなぁ。」優しい声で私を慰めるように「だいじょーぶだから、大丈夫だからなぁ」と。

わたしは「何、いってるのきみちゃん」と言いながら声が涙ぐんでしまい、車椅子の後ろからきみちゃんを抱きしめた。

それからグッと背を正し、明るい声で「また、来年もお花見しようね!」と声をかけたが返事はなかった。

それから1ヶ月半。きみちゃんは亡くなった。最後は苦しまず、お姉さんがお見舞いに来た夜に亡くなった。