片品村

携帯で「片品村」と検索する。      群馬県北北東に位置する村。関東唯一の特別豪雪地帯。

 

わたしは今から14年前に、小学一年生の長男と4歳の次男の手をひいて片品村を訪れている。その年はたしか例年よりかなり積雪が少ない年で片品高原スキー場は閉鎖されていた年だ。

私の目的は観光ではなく、子供達と住む家を探すことだった。            あの時は離婚したばかりで、長男が引っ越しに伴う転校で不登校になりかけていたり、私も情緒不安定で子供がいない所でいつもメソメソしていた。

 離婚前は旦那さんに大声で怒鳴られたり、激しいケンカも多かった。一度だけケンカの時首を締められたこともあった。我に返った旦那さんが手を緩めた途端、私は激しくむせて咳込み、あぁドラマでみるシーンは本当だったんだなぁ…と思った。

わたしが出るまで執拗にならしつづけられる携帯の着信。

裸足で家を飛び出し、アスファルトに素足は痛すぎて走れないことも知った。

離婚して実家に戻ってからも、旦那さんが乗っていた黒のアルファードの車種を見る度、動悸がした。

 

もう、誰も私達家族のことを知らない所に行きたい、そして1からやり直したい、そんな風に思っていた。

はじめは沖縄のガイドブックを買って、人口が300人くらいしかいなくて牛があるいている島へ行こうかとも思った。      行くべきは離れ古島か山奥の2択だった。

子供の冬休み、私は宿の予約もせず下見に行こうと山奥の片品村へ向かった。

最寄の駅からバスで山を登っていく。ゆっくりカーブを描きながらいくつものバス停を過ぎていく。が なかなか目的地のバス停留所につかない。乗客もどんどんバスを降りていき、とうとう私と息子達だけになってしまった。私達は伸び切った餅のように座席にもたれ、永遠と目的地は来ないのではないかと諦めたころ やっと目的地のバス停のアナウンスがあった。バス代だけで二千円位かかってしまった。

降りてはみたが、なにもない山道に観光案内所の小屋があったので入ってみる。

「あのぅ…  ここらへんにアパートとかってないんですか?住む所を探しにきたんですけどぉ」

案内所から気さくなおじさんが出てきて、「ここらへんは何もないよ、、それより今日泊まるとこどうするの?」

たしかに何もない。アパートどころか普通の家さえ周囲に見当たらない。

「何も決めてないんですけどぉ」

案内所のおじさんは近くの民泊に電話をかけてくれた。空きがあるというのでお願いすることにした。民泊のおじさんがバス停まで車で迎えに来てくれた。

車のなかで話しをきくと、ここら辺には小学校がひとつしかなくて、みんな遠くからバスに乗って通っているのだと言う。スキーの授業もあるらしい。

アパートもなくて小学校も通うのが大変ときいて私の移住の計画早くも崩れてしまった。

スキー場は閉鎖されていたが、民宿のおじさんがスキー場にも案内してくれた。雪が少ない年らしいが、かなりの雪が積もっていて誰もいないスキー場で子供達とソリで遊ばせてもらった。

お風呂も他の客とかぶらず、親子3人でゆっくり浸かった。部屋はテレビもなくてつまらなかったが子供たちとのんびり過ごした。夜ご飯は食べ切れない程の料理が次々と運ばれてきた。よくおぼえているのが、バカでかいなめこの味噌汁と大きく切られた南瓜の煮つけ。最後はスパゲッティーとかまで出てきて、なんだかとても食べきれず、お腹いっぱいになってしまった。

翌朝、バス停まで民宿の奥さんが送ってくれた。民宿からバス停まで少し歩くんだけど、歩きながら「樹齢300年の山桜も有名なんで、春にも来てください。」と話してくれた。私達がバスに乗り込むまで、奥さんは見届け手を振ってくれた。

 

結局あれから私は島にも山奥にも移住せず、埼玉の田舎のアパートで子育てをして今にいたる。              

誰も私達を知らない場所に行かなくても、上がったり下がったりしながらも時は過ぎていった。              スキー場も閉鎖している山奥へ子供2人を連れて宿もとらず、行き当たりばったりの私達を心配して民宿の奥さんはバス停まで送ってくれたのだろうか。         

 

片品村 桜              で検索すると力強い太い幹に咲き誇る天王桜が映っていた。