我が家のサンタクロース

わたしには春夏秋冬稼働のサンタクロースが3年間いたことがある。

見返りのないことを、私は家族以外の誰かの為にこんなにも続けられるだろうか?

サンタクロースの正体は近所に住む濱野さんちのおばあちゃんだ。おばあちゃんに出会ったのは子供の学校の資源回収の依頼チラシを配りに行った時だ。おばあちゃんの孫が私の上の息子と同じ中学に通っていた。

暑い日で、良かったら少し上がっていきなさいよと言われ、戸惑う私に いいから、いいからとお家にあげてくれた。

濱野さん家は、自営で運輸業者をしていて広い敷地に自宅と離れや作業場があり、大きなトレーラーがとまっている。

私は離れに上げてもらい、おばあちゃんはデカいグラスに並々麦茶をついでくれた。小柄な体に焼けた肌、レトロな割烹着はザ、田舎のおばあちゃんといった感じだ。

そこから、私はおばあちゃんの話しを1時間聞くことになる。内容は孫のこと。おばあちゃんの息子さんは台湾人の女性と結婚し、息子さん家族は台湾で暮らしていたらしい。けれど夫婦仲が険悪になり、息子は2人の子供を連れて、一時的に夫の実家に帰ってきたと言う。上の子は中学1年、下のこは小学4年生。二人とも男の子だ。下の子は性格も明るくすぐに学校や環境変化馴染めたが、上のお兄ちゃんが内向的な事もあって、家でも学校でも心を閉ざしているようだ。(台湾に)帰りたい、帰りたいと言い、おばあちゃんは胸が痛むのだと言う。可愛い孫に何でもしてやりたいが、お兄ちゃんは甘えてくれないし、距離を置かれてしまう。もちろん家族みんなで台湾で暮らす事が1番だし、母親が側にいることが1番だと思うが、息子夫婦の関係にあまり口は挟めない。この間はお兄ちゃんが涙を流して帰りたいと行ってきて、もおどうにかしたいけど、わたしもどうしたらいいかわからないんだよ…とおばあちゃんはオデコに手を当て下を向いた。 

目に入れても痛くない可愛い孫の心の痛みにおばあちゃんの心も傷んでいた。

ごめんね、長く引き止めてと、おばあちゃんは冷凍庫からアイスを沢山袋にいれてもたせ 私は すみません、こんなに頂いてとおばあちゃん家を後にした。

そこから、おばあちゃんはサンタクロースとして稼働し始める。この前お邪魔した時、私の家庭のことも聞かれ、家が離婚していることを話していた。

週末ピンポンが鳴り、アパートのドアを開けると、おばあちゃんがナスやきゅうりを沢山袋にいれ玄関に立っていた。家でとれたんだけど食べてとニコニコしながら渡してくれる。有難うございます、助かりますと受け取った。

そこから約3年、2週間に1回のペースでおばあちゃんは家にプレゼントを届けてくれる事になる。

はじめは、おばあちゃんちで採れた野菜が主だった。ナス、トマト、太くなったきゅうり。それをビニール袋の持ち手が食込むばかりの量を持ってくる。「こんなに、食べきれない…」と匂わしても「塩揉みすればいいから!」とニコニコ。有り難く頂いていた。

少し経つと サンタのプレゼント内容が変わってきた。卵、バナナ、ウインナー、キムチ、そうめん、マヨネーズや麺つゆなどなど。時にはすぐに夕飯に出来るようなお惣菜も。明らかに家の為にどこかで購入してきたものだ。しかも量が半端ない。たまごなら2パック、バナナなら、こんなデカい房で何処に売ってる?量。半円ぐらいある。トマトなら箱で。ウインナーは業務スーパーの大袋。そうめん6袋。もちろん畑で採れた野菜もついてくるので、おばあちゃんは一回に小さめのダンボール二箱分を大体2週に1回のペースで家に届けてくれるのだ。そして暮になると、おばあちゃん家でついた餅を、ひとっぺた(あれは何といったらいいのか、ビニールにくるまれたデカいのされた餅)を届けてくれる。硬くなる前に私は必死で切り分けて冷凍する。お陰で3年間正月に餅を買わずにすんだ。

私だってバカではないから、毎回こんなに頂いて、、、と恐縮した。もう、本当に大丈夫ですからと真剣に言ったこともある。何もお返し出来ないしと伝えたら、「いいの、いいの!」とブンブン手をふる。

1年に2回、3回はお花やお菓子をお礼におばあちゃん家に行くと、逆にそれを上回る野菜やお菓子を渡されて、なんだか貰いにいったみたいになった。

おばあちゃんちの孫は1年位はおばあちゃん家で過ごしていたが、その後台湾に戻ったらしい。寂しくなってしまったと、ある時話してくれた。

私は途中から、おばあちゃんの好意を有り難く受け取ることにした。おばあちゃんの孫と同じ年の私のの2人息子に、おばあちゃんの2人の孫が重なるのではないか、片親である家の現状が、孫が母と離れて暮らしていた事に重なり、何かすることがおばあちゃんを充たしているのではないか。

都合よく解釈したかもしれないが、感謝して素直に頂くことが1番良い気がした。

ある時、おばあちゃんが2ヶ月位パタっと顔を見せなくなって、体調が悪くなったのか心配になった。おばあちゃん家に行くことが催促みたいに受け取られたら嫌だなとおもったが、心配でいってみると 入院していたと言う。

転んでしまい足を手術したそうで、びっこを引いていた。そのことをキッカケにおばあちゃんは運転が難しくなった。

わたしはこれでおばあちゃんのプレゼントから解放されるなと思った。頂くばかりも正直負担になる。食べきれず捨ててしまう時は心が傷んだ。

だけど、おばあちゃんは諦めない(笑)

こんどは電話を入れるから、そしたら取りに来て欲しいと言う。え?

ほんとに大丈夫ですと 今までで十分で感謝しても仕切れないと本気で断るもおばあちゃんは折れない。

それからは私の携帯におばあちゃんからの「今日取りにこれますか」と留守電が入るようになる。私は手ぶらで食材を頂きに行くわけだ。なんてこと!

そんな状態が続き、家の子供たちも大きくなり、上の息子が高校卒業、下の息子が高校入学する年の年度末におばあちゃんにいつものように呼ばれ、仕事帰りにおばあちゃん家によると、おばあちゃんは申し訳なさそうに「私も、もう年だしもう色々出来なくなってしまうんだけど、ごめんなさいね。」と。今年で80歳になるそうだ。

いやいやいや、こんなにずっと頂いてばかりで本当に助かりましたと私は頭を下げた。おばあちゃんは「息子さんの高校入学で物入りだろうから足しにして」と商品券の袋を野菜が入った袋に差し入れた。

最後までサンタなのだ。

私は深くとお礼をして「本当に今まで有難うございました」と感謝を伝えた。

家に帰り、商品券の袋をあけると3万円分の商品券。そして何やら別の封筒も入っており中には10万円が入っていた。

しばらくフリーズしたが、これは返さなくてはいけないとトンボ帰りでおばあちゃん家に向かう。「これは、受け取れない」と封筒を突き出すと、おばあちゃんは怒り出した。おばあちゃんに怒られたのは初めてだった。「私の気持ちなんだから!これくらいしか出来ないんだから、返すなんて辞めてくれ!お父さんが奥にいるから、早く帰って!」囁き声で怒鳴られた。

この10万円は旦那さんには内緒で下ろしたお金なんだ。

 

私は圧倒されて封筒を持ったまま足早に引き帰った。

今でも

おばあちゃんの10万円は封筒に入ったまま押し入れに眠っている。